赭愛x繰夢夜
Chapter1
1日目 ― 赭愛 霧雫 → 繰夢 夜美 以下交互
少女は図書室に居た。桐間には断って部屋を出てきたので、彼が少女を探すなんて事はしなくて済むだろう。図書室に来た理由としてはここに来た初日にあの機械音から出された「問」について考える為である。ここなら静かだし、何かについて深く思考するなら丁度いい。そう思ったのだ。
「さて⋯⋯⋯まずは今までの出来事について整理してみましょうか」
まず、少女を含めた数十名の人間が何者かによってこの場所──船に閉じ込められた。その後、この脱出劇の主催者と思われる人物(?)により、閉じ込められた事を知らされ、脱出するには人を殺すか、謎を解くかの二つに一つを選択するように強いられその人物(?)の居場所が「謎」の答えとなった。もし、時間内に謎を解けない、または人を殺さなかった場合は爆破装置が積まれている腕輪を爆破される。実際に、その装置により人が一人殺され少女達、脱出者はこのデスゲームに身を投じる事になった。纏めるとこんな感じであろうか。
「ヒントは⋯⋯⋯桐間が見つけた本棚の向こう側に貼ってある写真のみ⋯⋯後はこの解答欄の「〇〇の間」という所。二文字に限定されている事⋯⋯⋯駄目だ。判断材料が少な過ぎる。けど、謎を解く事が難しいなら、せめてこの謎についてのヒントを考えましょうか」
ふと、謎を出した人物が本当にこの船に居るのか?という疑問が浮かぶ。少女達は機械音を聞いただけなので、それだけなら船外から遠隔操作でスピーカーとか、拡音装置から声を発しているという可能性もある。そう言えば、大ホールに集められた時のあの機械音は何処から出ていたのであろうか。大ホールに小型のスピーカーが仕掛けられていたのかもしれない。調べてみる価値はありそうだ。もし、そのような類の物が無ければ、もっと別の所から声が発せられていた事になる。
「......一番怪しいのはこの腕時計型爆破装置か......まさか盗聴機能とか盗撮機能とか付いてないわよね?」
否定はできない。そこまで思考して一度目を閉じる。そうなると、色々ツッコみたい所があるので一旦脳をクールダウンさせる為だ。掌を額に置く。ひんやりとした掌が火照った肌の温度を奪っていく感覚を少女は暫く瞼を閉じたまま感じていた。
「⋯⋯⋯そうとも言い切れない。大体、こんなゲームを考える外道の事なんか疑って当然だと思うけど」
独り言に返事をされたので、一瞬、反応が遅れるが特に驚きもせず淡々と言葉を返した。閉じていた瞼を開け、その少女に向き直る。盗聴器や盗撮器の可能性を疑う事は、余程のお人好しでない限り当たり前だろう、少女の声色はそんな事も言っているような気がした。
「備えあれば憂いなし、ってやつかしら?」
外道というところには同意する、と付け足して。
まあ、警戒する分には困らないわけだし、その考えを否定するつもりもない。
謎が解けなければ人を殺せ、なんてルールを出してくるような奴なのだから、考えたくもないが。
「……ところで話は変わるけど、問題について何かわかったことは無いかしら?
あまり分からなくて……」
「そうね⋯⋯この問題に対してのヒントかどうかは分からないけど、この部屋───図書室の本棚の奥に写真が貼ってあったわ。その写真が貼ってある所は本が逆さに置いてあるから簡単に見つけられると思うわよ。まぁ、私が見つけたものじゃないけど」
簡潔に述べると、背後にある本棚から絵本を一冊抜き出し、机に広げた。その絵本はある幼い少女が夢の世界に閉じ込められる物語だ。その夢の中には悪魔が住んでおり、悪魔が出す問いに答えられなければ食べられてしまうというものだった。だがこの悪魔の出す問はどれもめちゃくちゃなものばかりで少女はその矛盾を的確に指摘し、見事脱出に成功する。正直子供向けの読み物としては首を傾げそうな内容だったが、こんな状況にあるからか、結構感情移入し3分ほどで読み切れてしまった。
「本当? ありがとう素敵なお姉さん!」
やっと見つけた、と言わんばかりに笑みを浮かべては、礼を述べてそのままそそくさと部屋の奥へと向かっていった。
姉からの頼みである情報収集で、ようやく何かが進展しそうなのだ、笑みを浮かべるのも仕方はない、不謹慎かもしれないが。
そして、逆さになっている本の元へとたどり着いては、手が届かずに、椅子を踏み台にして本を引き出してほかの場所に一旦置いて、早速奥の写真を見ることにする。
「…………家族かなにか……かしら」
男性と女性の間に挟まれ、手を繋いでいる男の子が写されたその写真。
これが何かしらのヒントなのか、それとも誰かのイタズラなのか……どちらにせよ、ここに写真があったということを覚えておいて損はあるまい。
椅子に乗ったままその写真をじっと見つめて、どんな意味があるのだろうと、思考を巡らせている。
分からなかったら、あそこにいた優しそうなお姉さんにもう一度聞こうなんて、呑気に考えながら。
「⋯⋯先に言っておくけど、私はその写真について何も知らないわよ。だから貴女に答えを求められたってそれに応えることはできないわ」
本を本棚の元あった場所にきちんと戻し、写真の方へ走っていった少女に淡白な声で告げる。「私は何処にいるでしょう」という謎に対してのヒントなのかそれとも、この脱出劇そのものに対してのヒントなのかは分からないが、何らかの形で今後、このデスゲームに関わってくるだろう。それがずっと先なのか、或いはもうすぐなのかは定かではないが。
「(⋯⋯⋯大ホールのスピーカーの事は言わなくていいかしら⋯⋯?)」
そう思ったのには二つ理由がある。一つはその情報が不確かでなんの確証もない彼女の思い込みであること。もう一つはもし、本当にそこに重要な何かが隠されているとしたら情報を独占される危険があったからだ。こんな状況に追い詰められれば人間、何をするか分かったもんじゃない。それに、少女は会ったばかりの人間を信用できるほどお人好しではない。
「…………そう」
どこかしょんぼりとしたように軽く俯くと、別の場所に移した本をもとの場所に、もちろん逆向きに戻す。
きっと教えてくれる、なんて考えていたところをその思考を読んだように断られてしまえば、少なからず落ち込んでしまうもので、軽くため息もついて。
「……そう言えば、例の問題はあなたは解けたの?」
のんびりと絵本を読んでいたからか、もう解けたのかと考えたらしく、素直に答えてくれるとも思わないが、念の為にと聞いてみる。
「そんな簡単に解けたら、こんな所には来てないわよ。ヒントが核家族の写真だけなんて、このゲームの主催者は脱出させる気あるのかしら」
再び後ろの本棚から先程とは異なる絵本を取り出す。制限時間がどれくらいあるか分からないが、もし、誰かが殺人を犯したら恐怖は瞬く間に伝染し、混乱と混沌を生む。そうなってしまったらもう脱出どころの騒ぎではない。そうなる前に、情報は集められるだけ集めておこうというのが少女の方針であった。
「⋯⋯で、貴女は何か問題について分かったのかしら?私だけ話すのは不公平よ」
絵本は開かずにただ表紙だけを何度もなぞっていた。かなりの上質紙を使用しているようだが一体どこの国で作られて、どのルートで入手したのかが全くもって想像もつかない。ただ紙がというだけではない。使われているインクも、留め具なんかもかなり材質が良く、本自体の価値は相当な物だろう。それに、恐らくここ数十年の間に作られたものではない。もっと古い時代に描かれたと思われる。ただ、イギリス語で書かれている為内容が理解できそうもないのが欠点だ。それがイギリス語だということは表紙の文字を見て何となく理解出来た。理由は自分にもよく分からない。
「いえ? さっぱり分からないわ?」
全く悪びれることなく、肩を竦めてそう答える。
問題についてなにか分かっていたなら、わざわざ他人に聞こうとも思わない。というか、それならわざわざヒントを探そうとは思わない。
じっくり考えて答えを導き出すのが得意な夜美だが、時間制限つきのなぞなぞなんかはもっぱら苦手で、そういうのは姉であるニコの領分だ。
申し訳ないけど、と付け加えてはおくものの、分からないものは仕方がない。
「はぁ⋯呆れた。そこまで開き直れるのもある意味才能ね。⋯⋯まぁいいわ。端から期待なんてしてないから」
本を本棚に戻し、立ち上がると図書室の出口の方へと向かって行く。もうこの図書室から得られる情報は何も無い。勿論、この目の前にいる少女からも。だから立ち去る事にした。得られるものが無い所にいつまでも留まっていられるほど彼女は暇ではない。無論、それはここにいる全ての人間に当てはまる事だろう。余程の楽観主義者でない限り、この状況を平然と眺めているだけの人間なんていない。そういう事だ。
「⋯⋯⋯あぁ、一応聞いておくわ。貴女、名前は?⋯⋯⋯こういう時は自分から名乗るものだって言うけど貴女が答えないなら私も答えない。その方がフェアでしょう?」
「こんな状況だもの、開き直ってなきゃやってなんていけないもの、そういうのも大切よ?」
開き直るのも才能、とはよく聞いたりするが、正直その通りだと私は思う。
間違えたり、周りとは違ったことをしてしまった時にそれが出来なければ、それを長い間、ヘタしたら一生引きずるかもしれないのだ、それが出来るのも、確かに才能だな、なんて。
特に今回の様な、命のかかっている時にこそ、それが出来なければ変に追い込まれてしまう。
そういった意味では、それは才能だと考えている、ほかの人がどうかは知らないけど。
「私は繰夢夜美よ、こんな見た目だけど18歳。
あなたのお名前も、教えてくれるかしら?」
「⋯⋯私は赭愛霧雫。こんな格好してるけど、一応22歳よ。夜美ね⋯覚えておくわ」
それだけ簡潔に告げると図書室のドアに手をかけ、戸を開き外へと出ていく。図書室にあるヒントの事はまだ知らない人間が多いのかもしれない。夜美の反応を思い出し、そう推測すると彼女は大ホールに向かう。と言っても何かあるという確証は無くただ目的が無いと気がおかしくなってしまいそうだったから、やるべき事を無理矢理作ったのだ。
「さて⋯⋯誰が最初に動き出すか⋯傍観することにしましょうか」
目を見開き、口の端を歪に釣り上げ呟くと、その表情を誰かに見せないように指を使って元通りの無表情に戻す。あぁそうだ。本心は何があっても隠し通さねばならない。彼女の内に潜む狂気に猿轡をかけて彼女は元の何の変哲もない一般市民に溶け込んでいった。
- 最終更新:2018-02-28 20:54:41