八重x廣田
Chapter1
3日目 ― 八重 春海 → 廣田美弥子 以下交互
「っ!?早速始めおったか阿呆め!やるにしても過激過ぎるやろクソッタレ!!」
やりあうにしてもここにいるのは殆ど素人という前提があった…そう思ったら聞こえたのは爆音、爆弾作れるような技術持った人間が混ざってるのかと焦りながらも足を止めて爆発の聞こえた方に走る。
酒瓶なんて爆弾を作れる人間を相手に対して玩具のような武器を握り締め、頼むから探してる子とは違う人であってくれと願いながら出来るだけの全力で向かうのだった。
「チッ………こんな時に!!」
件の部屋までもうあと二三歩、という所で、次第に近付いてくる背後からの足跡に切歯扼腕する。
相手の意図は不明だが、だからこそ、その接近は黙過出来るものではないのは自明の理である。
足をもつれさせてすっ転びそうになりながら、走った勢いを急停止させ、絹のような黒髪を振り乱しながら、焦燥からか柳眉を吊り上げ目を見開いた、必死の形相で振り返る。
「止まれ!止まらないなら――」
牛刀を抜く暇はない。
ライターを取り出しちらつかせながら、火炎瓶で威嚇する。
通路でなんて吹っ飛ばせば、それこそ大惨事。自分も死ぬが、あちらも死ぬ、という二択ならば、踏みとどまらせるには充分だろう。
しかし、女は頭になかった。
先程の事件の凶器は爆発物に違いないとなれば、これを構える自分が間違いなく疑われるという、実に初歩的な事が。
「火炎瓶!?姉さんが犯人かいな!こりゃ意外やけど、もう殺したんならええやろ!人減らすと次がしんどくなるで!!」
視界に入ったのは明らかに爆発があったであろう痕跡を残す部屋とその前に立つ女の姿、女が手に持った物が何か最初はわからなかったがライターを見ればそれが火炎瓶とわかれば案の定犯人と断定して先に進める。
取る手は一つ、説得から取り押さえる…遊人だからといって侮るなかれ、否!遊人だからこそ喧嘩ぐらいはお手の物、流石に武道やらなにやらの経験者に勝てるとは思っていないが相手が女で武器が火炎瓶ならば共倒れを選びはしないだろうと信じ、自分を殺してもメリットは薄いと出任せ…出任せですよ?普通に考えれば目撃者始末して次の問題平然とした顔してれば良いんですもの、殺さない理由がないわ。
それはそれ、大声を出して近くに人がいるなら犯人がいることを伝えるのが半分、この状況で動揺して懐に入る隙を期待してるの半分の博打…これで火炎瓶で共倒れとかは笑えないし考えたくなはなかったが、結果として八重が取る行動は全力疾走のみであった。
「バカを言うな!そっちこそ、二人目が殺しても意味は無いぞ!?
止まらないなら――――!」
犯人に思われる理由を、女はまだ
理解出来ていなかった。
土壇場になればなるだけ、重要な事が思いつきにくくなるものだが、これはそれに更なる拍車がかかっていたケースだろう。
経緯がまだてんで分からぬ中、与えられた情報は、「火炎瓶!?姉さんが犯人かいな!こりゃ意外やけど、もう殺したんならええやろ!人減らすと次がしんどくなるで!!」という内容。
この状況でされる人殺し呼ばわりがどれほど感情を逆撫でし、交渉の道から遠ざけていったかは、ケイジとのやり取りを見るに想像に難くない。いよいよ頭に血が上ったか、導線代わりの布に火をつけ―――――足元めがけ投擲しようと振りかぶる。
「…嘘やろ嘘やろ嘘やろ!!一番笑えんパターンはやめてくれやぁ!二人纏めて爆死は嫌やって!!せめて最後は遊人らしく遊んで死にたいわぁ!!」
布に火を付けるのを見た瞬間、昔有り金全てを注ぎ込んで負けた競馬の映像が脳裏を過ぎる、人生初の大負けをかました瞬間…それと同じような喪失感が胸にのしかかるが当時と違い今は何も失っていない、これはただの錯覚。
すぐさま状況を正しく認識し直せば女は今まさにこちらへと火炎瓶を投げようとしている…その視線から狙いは足下と読めば、取れる行動は一つ…
「ルパン直伝究極奥義!!ふ〜じこちゃ〜ん!!」
咄嗟に出てきたのがこの台詞なあたり冷静ではないし最早ヤケになっていると判断しても良い、これで笑いが取れると思ってるならお笑い芸人に殺されても文句は言えない…ちなみに本当に教えてもらった訳では無い、単にアレを真似してるだけである…即ち、火炎瓶を回避しつつ、女諸共爆死を避ける為に、女の身体目掛け、手加減無しで全力で飛び込んだのである。
「ぐっ…ああっ……!」
元より、瓶の容量自体の問題で、威力は対人用としては充分すぎるが、散らばる範囲はそれほどでもないのが不幸中の幸いだった。
何せ爆発のすぐ後。燃えるものがないのだから、延焼は少なくともない。手からすっぽ抜けた火炎瓶は彼方へと飛んでいく、訳はなく、バランスを崩して押し倒される格好になった女のすぐ真横に落下し、肝心の火は壁に掠めたか黒煙を上げてギリギリで消え、瓶もかろうじて割れずに済んだ。
「離せ………っ!私は急がなきゃならないんだ!」
と、ラッキーはここまで。
どんなつもりでやったかはともかく、殺し合いがありのルールで、物理的にマウントをとられては、生殺与奪の権利は相手に完全に握られると言って良い。
だから、生き残るために女は戦うことを選んだ。馬乗りにされて抑え込まれないよう、飛んできた男の鳩尾に目掛け、牛刀を引き抜き抜き突き刺そうと突き出す。
#hr「いつつ…だいじょーって!姉さん刃物まで持っとんのか!?」
タイミングが悪く投げ終わる前に飛び付いてしまったのが問題だった、すぐ真横に落ちた火炎瓶に息が詰まるが不発に終わったようで安堵しつつ、非常事態とはいえこのまま取り押さえてしまえば一先ずの危機は去ると思ったのも束の間、安否の確認をしようとしたところで牛刀を持つ手に気付けば、手首を狙い反射的につっかえ棒をするような形で酒瓶の底を叩き込もうとして思うのは「自分大人の女相手にすると途端に女運悪くなるなぁ…」なんて暢気なこと。
「だぁぁ!無駄な時間食いたくないっちゅーのに!あの悪趣味な放送がないってことは死んでない可能性があるわけで、まだ息があったらどうする気や阿呆!ウチは救える命見捨てる気は無いんやぞ!」
犯人相手に言うことでは無いが、よくよく考えれば向こうだって威嚇したということは自分を殺す意志があったとは考えにくい、こういう時自分が選んだ武器が鈍器に値するもので良かったと思う…刃物だったらどうであれ傷つける形になっていただろう。
とはいえ、今は目の前のピンチをなんとかしなくてはならない、この犯人多分引く気ないんだろうなと考えつつ鈍器と刃物の殺傷力の違いに体力的に有利であっても気を抜けない状況で、その上爆発のあった部屋ではまだ生きてるかもしれない被害者(仮)を救出しないといけないという一人でやるにはかなりハードな内容の目的をどう達成するか頭をフル回転させていた。
「くっ…………」
が、そう上手くはいかない。
なす術なく刃は抑えられ、苦悶の表情を僅かに浮かべながら呻く。
このままでは、間違いなく自分が死んでコロシアイのゲームはクリアだ。随分上等なハッピーエンドだとも言えなくはないが、生きて帰す約束も、生きて帰される約束も。破る訳には行かなかった。
なんとかして振り払おうと力を込めた所で、皮肉にも動かない身体は思考によりそれを打破することを求め、そのおかげか漸く頭が冷えてきていた。
「待て、今なんて言った?」
生きているかもしれない、なんて可能性はある訳ない、と思っていたが、確かに、放送は鳴っていない。これが殺し合っていないから、とかいうものだったとしたら元も子もないが、生きている可能性を追うような相手が、わざわざ他人を殺しにくるか?
否。と、何かの声が答えを出して、女は問を投げかけた。
「だから、姉さんの火炎瓶で仕留めきれてない可能性があるやろって言ってんや!」
何とか刺されるのは回避できた、ついでにこのまま両手縛って寝かせたいが生憎縛れるものが…あった、自分の着てる和服の帯がある、下にも着てるのだから遠慮する必要は無い。
自分が上を取り凶器も何とか封じた、後はなんとかして帯を解きそれで手を縛りあげればとりあえず犯人を確保できるが、手をどかせば刺されるかもしれないので動けないまま、未だに女を犯人と勘違いしたまま、半ば日に油を注ぐような言い方をしつつ誤解の原因となっている殺害に用いた凶器(仮)を指摘する。
「手が足りん…もう一本腕ありゃ縛れるんやが…」
手を触れずに帯を解くなんて一発芸は習得していない、寧ろあるなら超能力かなんかの類なのではないだろうか?しかしあるなら欲しいその芸を惜しみながらも、こっちは自分の真下にいる爆弾魔兼殺人鬼を確保しようと頭を必死に働かせているのだった。
「バカを言うな!私が来たのはさっきだ、あの爆発音を聞いてこっちに来たんだ。
わざわざもう一回この部屋に行くわけないだろ!?もう、部屋ごと吹っ飛んでるっていうのに!」
火炎瓶の威力を言い訳にしようにも、爆発物は同じ原料だろうからどうしようもない。実際、どれだけの火力が出るかなんて測った訳でもないのだからそれも妥当だが、いくら何でも物証がないのは厳しい。ヤケクソでの弁解も、下手をしたら尚更疑われかねない苦しいものであったが、これが明瞭なる事実であり、それ以上でもそれ以下でもないのが更に災いする。確かに、わざわざ現場にもう一回同じ凶器を持っていくのはバカバカしいし、部屋は一面が焼けているのだから潜伏出来るもない。状況証拠的には悪くは無いのだが、如何せん悪魔の証明から離れられた訳では無い。
「悪いが私は犯人じゃない。
……まだそう思うなら好きにすれば良いさ、わざわざ二人目を死なせる気ならな。」
だから、抵抗をやめて両手を差し出した。これが一番手っ取り早いと言えば手っ取り早い訳だが、博打なのは間違いない。
「ほならこうやな…窮屈かもしれんが堪忍な?一応犯人でも女死なせるのは後味悪いからな、何かあったら助けたるわ」
抵抗せずに手を差し出してこられればこちらも殺したい訳では無いので牛刀をこれから向かう爆発の起きた部屋の方へと足で押しやり、自分の和服の帯を器用に片手で解けばそれで手首をきつく縛りあげる…大分布が余ってるがそれを自分の手に巻いてリードのようにする、一人にするよりかは自分とついてきてもらった方が何かと助かるという判断である。
「ほな部屋を調べますか…生きとってくれよ、助けられそうなら助けたるからな…」
生きてろと言うが本音はどうか藤咲では無いようにということだけ、流石に赤の他人までは心配できない…この女はどうであれ知り合ったから助けるのでその辺の基準はゆるゆるである。
それはそれとして爆発があったと思われる部屋へ近付けば焦げ臭さに思わず口元を覆い、火の気は無いことを確認すれば慎重に部屋へと足を踏み入れる。
「なあ、一つ良いか。これじゃあ何がどうなっているか分からないし、死体を見るハメになるのも精神衛生上良くない。
わざわざ中にまで足を踏み入れるのも少ないだろうから、少なくとも死んでいる場合は、見なくても床に腕輪を翳していけば分かるんじゃないか?死体をスキャンすれば出られる、という話しなら、何かしら記録はされるんだろうし。」
半ば燃えカス同然の部屋の扉を見た時、もう無理だと確信できた。
手が塞がっているので、不本意ながら前を往く男の背に引っ付くようにして視界を潰して付いていきつつ、なるだけ直視しないようにしながらそんなことを思いついた。殺した後、死体を腕輪でスキャンすれば良い、というのが確かならば、死体を腕輪に認識させれば逆説的に殺したことになるのではないか、ということだ。
それを狙って来たのだから、自分では出来ない以上提案する他ないのは確かで。
「――――別に、死んでいて欲しい訳では無いがな。」
「……そか、死んどったら腕輪スキャンせなあかんのか、忘れ取ったわ…せやな、どちらにせよそっちの方が早い気がするわ…よし、んじゃ姉さん部屋の外出とき、そういうもんはウチがやったるわ…ちなみに問題は解けとるんよな?」
そう言いながら帯を解く…死体を見たくないと言った時点で犯人ではないと信じることに決めた、これで後ろから刺されたら笑えんが、凶器はとりあえず没収したわけだし大丈夫だろう…
死体は見たくない…ついでにスキャンして殺しのカウントをするということはそれが記録される…即ち人殺しの汚名を背負う必要があるという訳で……それならそういう汚れ役は男が引き受けるものだろう、幸い自分は遊人、守るべき地位も名誉も何も持たない身軽な人間である。
しかし念のため確認はしておく、解けてないならヒント出して解いてもらうだけだが、確認しといて損は無いだろう。
「ああ。解けている。
信用ならないとは思うが……一応、見張りくらいはしておこう。漁夫の利という言葉もある。」
別段、取り立てて反抗することはなく外に出ると、焦げ臭い壁にもたれ、この言葉が、薄氷で紡いだ糸の如くこの上ない程に酷く脆いそれであることに、女は胸の内で盛大に嘆息した。
元よりここは狂った地獄のような場所であるはずなのに、中に居る者は、凡そ人畜無害を貫いたような、一縷の危険性を漂わせない人間ばかりである。それを理性というならば、なるほどかつてグロスマンが説いたように、時として人間は、自分が死ぬような状況に陥っても人殺しを忌避する事が心理構造として妥当である、という証明を根拠に持ち寄れば納得のいく話なのだろう。だが、一番に考えるべきは、人間としての自制が、理性の美しさを遺憾無く発揮し、自分達が平和なる路線へ進もうとも、状況は全く変わっていないという事実の方である。勿論、その見解は徒ではなかった。
こうして、何気ない言葉の一つにすら地獄が揺曳していたのだから。この場において地獄とは、昼も夜もすぐ背後に鎮座しているらしかった。不意にこの場に思いを寄せれば、応と答えて顔を見せてくるらしかった。
「どうなってる?そっちは。」
そう思えばいよいよおかしくなりそうで、気を紛らわすために、部屋の中に向かい声をかける。
どうなっているか見ないように腕輪を使うように仕向けた割に、なんと酷い質問をするのかと自分でも思っていたが、共通の話題を用意するとしたら、これしかないのであるから理不尽なものである。
「…ん?なんか言うたかー?」
一人になってふと思うのはとある場所の損傷…もしも、もしも壊れているならばと…そう思い緊張に震える身体をどう動かすかと悩んでいれば、想像以上に時間が経ったのだろう、聞こえた声に意識を戻し、部屋の外の方を向いて聞き返しながら足下のスキャンを始める。
答えが出ているならば、この答えに何を思うか聞いてみるべきだろうか…しかしこの状況で聞く内容にも思えない…聞くとしてもせめてこの部屋のスキャンを終えてからにしようと、ゆっくりと慎重に部屋の中を歩き回り、床や壁をスキャンして回る。
「…いや、なんでもない。
生きていれば良いな、と言っただけだ。」
一際大きな声を出して、後に見直せばなんとも稚拙な嘘を吐いた。
聞こえなかったのか、と理解するや否や、何やら変な気持ちになった。子供の頃によく味わう、悪事がバレなかった喜びと、話しかけて無視された折の妙な孤独感を足して2で割った、えも言われぬ安堵である。これは別に、ここじゃなくとも味わえる、路傍の石に等しい感慨であるが、女にはそれが、妙に血の重みを帯びて感じられた。なんだかんだ、虚偽を吐くなら、なんぼのものかと寧ろ偉ぶることも出来ようが、嘘偽りとまではいかない軽い誤魔化しこそ人間案外開き直るに開き直れないもので、後後になってチクりと刺すものであるが、その憂慮が外れたのだから確かに悪い気持ちはすまい。だが、そのくらいの微かなことでさえ気付いてしまうようになった感受性は、蕾の内から花が開くような、自然なる成熟、では無い。死という抗い難き外圧を受け、脳が無理やりに生存の本能から引っ張り出した、レーダーのようなものであるから、油断すればすぐ、日常のそれへと立ち返ってしまうのである。例えば、とある相棒と話していた時などがそうであろうか。別に、お品書きに書かれたような、ありきたりなる感動のエピソード"など要らずとも、信頼に値する人間同士の三十分か一時間の会話の中には、人生の至福がひそむ。遠方に微かに映るその片鱗に、まだこの女は触れるどころか、気づいてすらいない。
「どうだ、余り手間取るようなら、代わろうか?」
心にもないようなことが、口から漏れ出ていた。
こうして突っ立っていても、総身を震わすような虚無と寂寥は、また闇の地平からぬらぬらと黒光りする頭を持ち上げて迫り来るだけである。ならば、この際丸焦げの死体を直視する方が、マシなのてはないか。という想念が一際色を濃いものにした。この感情は凡そ、部屋の居間からでは遠く理解に及ばない未知にあろう。
死んでいようが人間は人間、同族ではないか、という妙な自棄にかられた女の声音は、何やら叱りつけるようにぴしゃりとした響きがした。
「んー…もうちょい待っとぉ!?……あー、やめとき、見つけたで…ほれ」
変わるだなんて言葉が聞こえれば、答えが出てからというものずっと自分の興味を引いている存在を忘れられるという誘惑に駆られるも、こういう時大体この男は運が悪いというか間が悪いと言うか…踏み込んだ足がヌチャリと滑りのあるものに絡め取られ体勢を崩しかけるのを壁に手を付いてなんとか転倒を免れるも、この惨状で滑りのあるものなど限られている……嫌でもそれが何かを理解すれば丁度体勢を崩しかけたタイミングでスキャンに成功したらしい、それを示すようにメッセージが表示され…自分もまた、足下のそれを見つける。
死体を見たショックよりも、爆発の衝撃で腕輪が外れたのか所々赤黒く焦げた腕輪を手にしてその表示を見て、知らない名前だったことに安堵してしまった…自分に人殺しの肩書きが乗ったことなど些細なことだと気にもせず──
直後、手にした腕輪を部屋の外へと放り投げる、確認してもらいたいことが二つある……
「姉さん、スキャンしてみてもらってええか?ウチの方で先にスキャンしたから多分何も無いと思うんやけど、念の為や…一人の死体で複数人がスキャンできるか試してみよや、ついでにその腕輪に表示されてる名前…知り合いか?」
「……ああ、分かった。
知らない名前だし、こちらで認証するのも無理なようだな。」
視界の先は見るも無惨なものであったが、惨殺死体やそこら辺を見るよりは、なんとなく、ぼけたものであるような気すらした。
言われるがままに認証はしてみたものの、認証エラー、という当然と言ったら当然の報告だけ。あとはうんともすんともない。それが若干なりとも慈悲深いヴェールとなって、自分が他人の死の上にいるという重圧を忘れさせた。
戦史の資料で山ほど見たそれだから、というのもあるが、それが死体であるというおぞましさよりも、このゲームの犠牲であるという哀しみや、事情はともあれ、人を殺すことは無かったということに対する荘厳なる敬意が、先んじていた。人間、死に意味を付けたがるものであるが、その意味が女には理解出来たかもしれない。
何も残したものや功績はなくとも、何を託したか、何を思ったか、という想像の麻薬で、非日常を少なからず美化し、理性の範疇からなるだけ逸脱しないように仕向けているのだろう。
「野ざらし、という訳にも行かない。私の部屋ならすぐ目の前だし、シーツでも持ってこよう。
………さっきは、済まなかったな。こんな状況でするのもあれだが、一応自己紹介だ。廣田美弥子。中学の教師をしてる。」
なるだけ早く死にケリをつけるため、処理の方法を提案してから、目と鼻の先の自室を向きつつ謝罪して、話題を少しでも変えようと、返答には間違いなく迫られるであろう自己紹介をする。
世間知らずは元々だが、見なかったことにして処理する、という動機ありきなら、さもありなん、と言って然るべきか。
「と言ってもなぁ…これ集めるの大変やぞ?この部屋の出入口塞ぐ方が楽やで…」
野ざらしにはできないと聞けばそれには同意したいが、そうも言っていられない…爆発の衝撃で散ったモノを集めるのは流石に自分も遠慮したい、当初は焼死体が見つかるぐらいだと思っていたのだが、まさか腕輪が外れるほどとは思っていなかった…
とは言えこの現状をそのまま伝えるのも精神衛生上宜しくないためどうしたものかと、聞かれないように一人愚痴るように小声で呟く。
「ウチもさっきは悪いことしたわ、誤解して悪かったわぁ…ウチは八重春海、遊人やってます」
教師と聞けば立派なものだと素直に思う、何せ自分は無職、博打で稼いで生活しているような不真面目な男だ、それに比べたらフリーターでもバイトしてるだけ立派なものだろう。
火炎瓶の威力などわからないが少なくともこうなるほどとは思えなくて、ならば別のものを使ったのだろうと思う…誤解も解ければそれで良く、さっきのことは無かったことにしようと自分からも名乗り返すのだが…普段のように前口上を述べるだけの気力は無かった。
「なら、こんな具合で良いか。」
辛うじて残った、部屋のドアの隙間に、自室から急いで持ち寄ったシーツを通し、ドアの反対側まで持って行って挟み、壁にすると、持ち寄ったペンで「立ち入り禁止」、と記した。随分インクを使ってしまったような気もするが、これで済むなら安い位だ。何せ、死者の尊厳に関わる。
「春海、か。覚えたぞ。
もし、君が何かこの件で他の参加者から言われる事があったら、私が責任を持って釈明しよう。
じゃあ、また生きて会おう。武器は…また取りに行けば良いだけだ。君が使ってくれ。
……………ぶちのめしに行かなきゃいけない奴が居る。」
急ぎ足にそれだけ告げると、バツが悪そうに頭を抱え、走り出す。
本人が居るというのになんてことを言ってくれるのかあのバカタレは。
- 最終更新:2018-02-28 21:03:28