早川x星
Chapter1
2日目 ― 早川 大空 → 星 日菜子 以下交互
いったい何日目だろうか。仕事もなく、電車の時間に慌てることもなければ、ご飯を炊き忘れることもない。生活のルーティンが狂っているここ数日は異様に時間感覚を鈍らせる。初めの晩は気絶するように眠り、翌日は深川と過ごした。現在は二日目、カフェにいる。先刻美弥子に助けられ、腕輪のなぞを解き終わったところだ。現在は建物内を探索し、小休憩としてこのカフェに入ったというところだった。
店員のいない閑散とした店は薄気味悪いものの、好きな飲み物を飲めるのは悪くなかった。早川はグラスに少しの氷とたっぷりのオレンジジュースを注いで、ストローで啜っていた。果物の甘酸っぱさが、気が緩みそうな昼下がりの頭をスッキリとさせる。
少し動き回ったとはいえ、危なそうなところにはまだ足を踏み入れていない。例えば、如何にも何か嫌なことが起こりそうな機関室などは、出来れば立ち入りたくない場所だ。逆に図書室などは既に見て回っていた。写真に気づくことはなかったが、ここには人の出入りがあるんだろうということがわかると、少しだけ安心できた。
飲み終わったら、何か小腹を満たしたいところだ。食料の備蓄がどれだけあるのかわからない以上、矢鱈と食べるのは憚られるがあちこち歩き回り、上り下りしていたので腹が減っていたのだ。そんなことを考えつつ、のんびりとくつろいでいる。
2日目か……。
さすがに疲れてきた……
歩きすぎの疲労がもともとダメージを負っている足に蓄積されていく
右ひざに鈍い痛みが走る
そろそろ休もうか……。
近くのカフェに入る
……先客がいたのか。
まぁ、警戒する必要もない。
この痛みが走るうちはどう抵抗もできないのだから。
「ちょっと、失礼させてもらうわね」
流石に無言で入るのは感じが悪いだろうか
同じ参加者同士、挨拶を挟む。
飲み物は潤沢のようだ、少しでも気分が晴れるように酒類がないかを探してみる。
「あ、どうぞ!」
日菜子に気づくと、足を庇うような歩き方を見て咄嗟に椅子を引いた。どこか怪我をしたのだろうか、そもそも足が悪いのだろうか。そのわりに杖を持っている様子もない。だとしたら、怪我をしたのだろう。椅子を引きながらそう判断して、心配そうな眼差しを向ける。
「足、怪我したの?手当てはした?」
名乗りもまだだが、医者ゆえに気になるのだろう。どこかに救急セットはあっただろうか、と記憶を探り、日菜子の様子を窺う。
「……治らないから」
今さっき切った、折ったという怪我ではない。
慢性的な、なんていうか爆弾のようなものだ。
応急処置でどうこうできるものでもない。
まぁ、治るんだったら私も必死になってココから出ようと考えていただろうけど
それにしても、殺し合いを要求されているってのに
ココの人たちはお人よしばっかりだ。
人の死は身近に感じたはずだけど、殺人までは身近なものじゃないから
膠着状態が続いているのね
「親切にどうも」
と、椅子に座り、さすがに酒はBARか……、水で我慢しよう
水をグラスに注ぐ。
「……」
何から話せばいいものか、とりあえず自己紹介か。
「私、 星 日菜子。 あなたは?」
帰ってきた言葉に、そっか……、と悲しそうに呟く。治らない怪我、治らない病気は今までも見てきた。助けてくださいと手を伸ばされ、それを掴めないのは医者としても悔しい。目の前の彼女も、かつては同じように手を伸ばしたのだろうか。
自己紹介を聞くと、早川はにこやかに答えた。
「俺は早川大空!早川でも大空でもいいよ。小児科の研修医なんだ、軽い怪我なら大人でも大丈夫だから、本当に怪我をしたときは頼ってね」
よろしく!と元気よく握手を求める手を差し出した。
「早川さん、ね」
とりあえず握手をする
研修医となると、私よりは年上なのだろう
「まぁ、ブービートラップが仕掛けられてるわけじゃないみたいだし
本当に怪我をする場面なんて、誰かに襲われたときくらいかしらね」
なんて、不吉な言葉を残す
「貴方はもう解けたの? 怪我どころじゃなくなるみたいだけど
私たちもあの少女の末路になっていくのは時間の問題でしょ?」
「悪い言葉には、悪いものが寄ってくるよ」
握手を交わしながら困った子供を嗜めるように眉を下げて笑う。初日の光景は時間がたったからそのおぞましさが薄れるようなものじゃない。現に、早川も少しだけ表情が固くなった。言葉ひとつでどれだけ思い出すか、むしろ思い出さないかは人それぞれだが、安易に口に出すことを憚られることだったのは確かだ。付随する光景は、人によっては冷静さを奪うことにもなるだろう。使い方次第では、相手も自分も危険に晒すことになる。少女のことだけではなく、人を殺すことでの救済措置も。
悪い言葉には悪いものが。わざわざ人の心を乱すようなことは、妄りにするものではないだろう。
「俺はもう答えを出したよ。それを教えることはルール違反になるけど、例えルールがなくてもやっぱり自分の命がかかってるんだから、自分で答えを探した方がいいと思う。その方が、潔くいられるからね!」
にこやかに答える顔は、まだ少し固い。だが笑みは絶やさない。
「べつに、私はそこまで脱出に困ってないし
本当に出たいなら、私を殺せばいいよ。
まぁ、第一問目はみんな答えにたどり着いてるみたいだけどね
……私も、それなりの答えは出たよ。 自信はないけれどね」
まだ、これだという確証はもてないから
間違っていたら、まぁそん時だろう
「自分の命がかかっていようとも、そこまで興味はないの」
憧れの人の激励を聞いたのだが、まだ自信はない
この足の痛みが現実を突きつけるからだ
軽率に死んでもいい、殺してもいい、死にたいと嘆く人間を前にして、早川は何とも言えない表情を浮かべた。悪魔の言葉に似ている。罪を誘発させる言葉は、さらりと言ってのけられた。恐らく誰にでも言っているのだろう。恐ろしいと思った。追い詰められた人間を、地獄に突き落とす言葉を平気な顔で言うことがどれほど恐ろしいことがわからないまま口にしていることが。
早川は、人が人を殺すことも、人が人に殺されることも、何より避けるべきだと思っている。それは悪魔の救済措置だ。あくまで最後の手段として、出題者がこちらの心を惑わすために用意した毒だ。毒を肯定し、飲ませるようなことは早川は絶対にしない。そしてそのことについての忠言は既にした。それでもなお口にするのだから、自分の言葉は届かないのだろう。
「そっか。生きてれば素敵なことはたくさん探しに行けると俺は思ってる。それに一人でも多く気づいてもらえればと思う。だから俺は死にたくないし、君のことも殺さないよ」
「みんな同じことを言うのね」
生きていれば幸せなことが起こるだの
未来にはきっといいことが起こるだの。
でも、その陰でどんな不幸を繰り返してきたんだろう。
どれだけの不幸から目をそらし続けてきたんだろうか。
大きな挫折を味わったりすることはなかったのだろうか。
「まぁ、いいわ。 そんなことは
どうせこれを解かないことには未来もないんだし」
早川の明るさを、受け入れられる人間と、受け入れられない人間がいる。受け入れられない人へ早川ができることは少ない。心理学はかじった程度だし、企ては得手としていることではないし、柄でもない。語られないことは知らないし、知らないのだから望むものを返せるわけでもない。
自分の言葉をはね除けられても気にした様子はなく、早川はにこりと笑った。
「答えを言うのは駄目だけど、ヒントは大丈夫みたいだから。俺はそういう、人に教えるのは上手くないんだけど……美弥子ちゃんはすっごく上手だったよ!わからなかったら、話してみるといいかもしれないね」
いつの間にのみおえたジュースのグラスを片付けると、まだ休んでいくらしい日菜子にひらひらと手を振った。
「俺、もういくね。お腹すいちゃった!足、お大事に!無理しちゃ駄目だよ~」
のほほんと呑気なことを言い残すと、空腹を擦りながら食料のもとへ歩いていった。
- 最終更新:2018-02-21 19:28:52